高木 加代子

「インターンとしての半年を振り返って」


この半年の間に経験し、考え、悩んだこと、それらは振り返りとしてとても文章としてまとまったものにはなら ないかもしれませんが、自分の中に散らばっているものをひとつずつ整理するつもりでこの文章に向かいたいと思います。

私がCanDoのインターン公募に応募したの理由は何だったのだろうと考えたとき、それは、大学を卒業したばかりで自分が次に進む方向として開発、特に環境分野での教育開発を学べる大学院に行きたいと考えていた私にとって、大学院に進学する前に実体験としての現場経験がほしかったということだと思います。現在多く唱えられるような地域開発や参加型開発が実際には現場でどのように行われているのか、本当に外部の人間が関わってゆくことが現地の人々のより豊かな生活や生活力の向上に繋がり得るのかを知りたかったですし、何も現場の状況を見ないまま進学してしまったのでは、他人の経験から学んだことを自分で考えることなしに鵜呑みにしたり、方向性を間違ってしまったりし、貴重な二年間を無駄に過ごしてしまうのではないかと懸念もしていました。また、大学の授業や恩師の話からアフリカについて聞いていましたが実際に見たことのなかった私にとって、ただ純粋にどういうところなのか自分の目で見てみたいという興味もありました。

実際にケニアで生活し現地の方々の生活を間近で見、彼らと言葉を交わし事業を進めるということ、あるいはナイロビでケニア人のスタッフや外の人と仕事をするということ、それら一つひとつの経験が、予想していた以上に実感として私の中にずしりとした重みのあるものとなりました。

最初の2ヶ月間、私は主にナイロビで経理の仕事をさせていただきました。大学を出たばかりで仕事の経験もありませんでしたし、経理に関する知識もありませんでしたから、指導していただいた方々は本当に大変だったと思います。この日々の業務を通して学ばせていただいたこと、それは経理の実務的な方法はもちろんですが、組織を動かしてゆくのには事業に携わる人間だけでは不可欠であるということでした。当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、今までNGOなどの団体に直接内側の人間として関わったことのなかった私にとって、自然と関心が向かってしまうのは団体の事業内容や事業をどのように動かしているのかということで、どのように組織を維持しているのか、またどのように資金を集め分配し適切に管理しているのかということには意識が向いていませんでしたし、その重要性も理解していませんでした。団体の管理部分に経理の補佐という一端ではありましたが関わらせていただいたことで、事業を動かしてゆくだけでは団体はとして不十分であるということを自分の経験を通して実感することができました。適切に管理し、常にその時々の団体の運営状況を把握できるようにしておくことが団体を維持してゆくためにいかに大切であるかを知ること、一見目の行きにくいところではあるけれど、管理という団体の基礎ともいえる部分がしっかりしていないと、いくら事業に力を入れていても組織は簡単に揺らいでしまうのだということを知ることは私にとって大切なことだったと思います。

ケニアに渡航し2ヶ月経った頃から経理に加え環境事業も担当させていただくようになりましたが、その時に初めてその意義に気づいたのが事業に直接的に関わらない管理業務に携わるものだから持ちえる視点というものの重要性でした。環境事業を担当するようになり気づかぬうちに自分の考えや意識が他の事業よりも担当事業に集中していました。そのため、他の事業との兼ね合いや、担当事業に関することだけでなく地域全体で何が起こっているのかということに目を向けるのが難しくなっていたように思います。また、環境事業のみに関したことでも、事業を動かしてゆくための細かな準備や問題一つひとつを解決してゆくことに気をとられ、もっと大きな目的や優先すべきことが見えなくなっていたこともありました。そのような時気づかされたのが管理業務を担当する者の視点がいかに重要であるかということでした。各事業から一歩距離を置いたところにいるがゆえの視野の広さは、団体の活動全体を見渡せるものでした。現場に入るようになる以前に毎週のスタッフ会議に出席していたとき、担当者のほうが各事業を理解しているのだからより適切な意見や提案ができるとどこかで思い込んでいたと思います。しかし、自分が事業を担当して初めて、ひとつの事業に深く関わることがいかに細部に埋もれてしまいやすいか、事業全体を総合的に見る視点を失いやすいかということを理解すると同時に、どの事業にもかかわらない者だからこそ見えるものが事業を適切にまた効果的に進めてゆくためにいかに必要であるかを知りました。経理と事業、両方を担当させていただくことでこのことに気づく機会をいただきました。また、同じく言えるのが、担当者以外の人の気づきや意見がいかに大切かということでした。自分が深く関わっていない分野や活動だからこそ、一歩ひいた客観的な立場で見ることができるのだと、スタッフ会議や日常の何気ない会話からも知ることが多々ありました。そうして皆がそれぞれの立場から意見や情報を交換し合うことが地域を多面的に見ることを可能にし、地域にとってより効果的な活動につなげていけるのだと学びました。

日本人スタッフにケニアスタッフ、事業地に住む人々、インターン、アルバイト、専門家、運転手その他にも多くの人とケニアで生活しながら、働きながら関わりました。みなそれぞれの立場があって考え方があって事情があって望みがある、そんなことは当たり前のことかもしれませんが、私にとってはとても難しいことでした。特に強く感じさせられたのは、日本人ということが良い意味でも悪い意味でもいかに力を持っているかということでした。現在のケニアと日本という国と国との不平等な力関係があったから、私のような何の経験もない二十歳そこそこの人間が、県知事や県会議員に会ったり、校長と会議をもったりすることができました。もちろん、CanDoがこれまでムインギ県で活動しながら現地の方々と築いてきた関係があってはじめて可能だったのですが、国と国との関係も大きな要因です。私は外部者だから見えること、できること、それはとても意味のあることだと思います。しかし、外部者だから見逃してしまいがちなこと、日本人だから聞こえてこないこと、それもたくさんありました。そのことに気づかずにケニア人スタッフとの関係がうまくつかめなかったり、事業地に住む人々がどう考えているのか私では汲み取れないこと、どうしてよいかわからなくなることが多々ありました。そんな時に、一緒に生活しているスタッフやインターンの方々に相談し、私の見えてないものに気づかせていただきました。事業を進めていくうえで人と関わるということが相手をよく見ると同時に、個人の関係に終始するのではなくその人の背景にも目を向けなければならないということ、また自分がどういう背景をもった人間であるかも考えなければならないのだと知りました。しかし、そのことに気づいたつもりでいても、意識していないと時にふっと見えなくなってしまいました。だからこそ、常に大切にしていかなければならないことなのだと感じています。

ケニアでの半年間は時間が経つのが早く感じられ、本当にあっという間という表現がぴったりとくるような感覚でした。今帰国して改めて振り返ってみたとき、忙しさの中で本当に自分なりの真剣な活動ができていただろうかという疑問が私の中にあります。ケニアにいるときは一生懸命やっている自信はありました。でも、ただ一生懸命働くことと、自分なりに本気で考えて働くということとは違うと今は感じています。何が本気で考えるということなのか、どういうことなのか、はっきりとわかっているわけではありませんが、私には欠けていたと思うのです。私はNGOで働いた経験も無かったですし、国際協力や開発ということに関して特に知識があるわけでもなく、正直とても不安でした。ケニアに着いてから出国するまでの6ヶ月間、いろんなことを学びたい、学ばなければとずっと考えていたと思います。そこに囚われすぎて、自分がどう考えるかということ、地域のニーズをどう見てどう活動をつくってゆきたいのかということが頭になかったような気がするのです。CanDoの方針やこれまでの活動、理念や地域に対する考え方をナイロビでまたムインギで働きながらお話や過去の資料、経験から学び、それらは私の中にすんなりと入ってきました。純粋に賛同できる活動だと感じました。しかし、そのことを理由に私は自分で考えることを放棄していたのではないでしょうか。インターンに応募した際のCanDoの東京事務所での面接で、私は私がケニアでどのように活動に関われるか、どのように貢献できると思うかと尋ねられたのを覚えています。そのときに私は、私の豊富とはとても言えないようなこれまでの経験でも全く同じ経験をした人はいないのだから、自分なりの意見を述べることで違った視点が活動の中に可能性として生まれればよいと思うと答えたように記憶しています。本当にそう思っていました。しかし、学んだCanDoの活動のただの請け売りやコピーなどではなく、自分か経験したこと、目にしたことを自分なりに本気で考え、それをもって仕事に向かうことができていたかと考えると頷けない気がするのです。もちろん、これまでの団体の活動を知ること、CanDoとしてどう事業を進めてゆくかということはとても大事なことですし、私がどうしたいかが重要なのではないと思っています。しかし、地域の中にどのようなニーズがあるか自分で感じ考え、そのための活動を私なりに見つけることは必要だったと感じています。

帰国してからこの半年間を振り返るのに時間がかかってしまいましたが、今、可能であればもう一度CanDoで仕事をしたいと考えています。それはやはり、インターンをしながら学んだCanDoの方針や理念が自分の目指したい方向と同じほうを向いていると感じているからであり、この半年間を受けて更にCanDoで学びたいことやってみたいことがあるからです。ひとつは、経理業務にもっと深く関わってみたいということです。私が今回担当させていただいたのは業務のほんの一端でした。給料や税金の計算や帳簿記入、日々のお金の出入りの管理や各支払いなどです。簿記や会計の基本的知識もなかった私にはそれだけでも大変だと感じましたし、それがなければ団体が団体としてまわっていかないことも教えられました。しかしそれらの日々の業務に関わるだけではCanDoが全体としてどう管理されているのかを見るということはできていませんでした。だからこそ、組織全体としての管理がどうなっているのか見てみたいと思うのです。

もうひとつは、半年間学んだCanDoの活動を大事にしながら、しかしそれだけではなく自分の考えをもって事業の計画実施に関わりたいということです。6ヶ月でCanDo事業のすべてがわかったとは到底思いませんし、理解していない部分のほうが多いと思います。「自分の考えをもって関わる」というのが曖昧とした目標だということも感じます。しかし、インターン期間の後半で経験したワークショップを計画し専門家と会議をもち実施すること、そこにCanDoの活動をただ実行するだけではなく自分が何を見てどう考えるかということを出してゆきたいのです。それは自分が事業を担当するしないは関係なく、また地域の総合開発を目指すCanDoだからこそひとつの分野に縛られず地域を色々な側面から見ることができる可能性があると感じています。ひとつの事業としてではなく、地域として自分なりに考えて関わりたいのです。それがCanDoではできると考えています。

私は自分自身が将来的に仕事としてやっていきたいとを確固として持っていると考えていたし、以前から開発と環境教育に興味があり、知識と経験を深めてこの分野で仕事としてゆきたいと思っていました。思い込んでいたといったほうがいいかもしれません。その自分の強固な思い込みに問いかける機会をくれた経験や会話がこの半年間に多くありました。そして、なにもひとつの分野や方法に固執する必要はないのではないか、自分の興味のあることをどんどん試し、様々な経験をしながら本当に自分が仕事として一生やってゆきたいことをこれから探してゆけばいいのではないかと思うようになりました。何をしたいのかはっきり見えないということでこの半年を振り返りながら不安になったり悩んだりしましたが、分からないものに無理やり決着をつけたり見つけようとする必要はないし、きっとそれは不自然なことなのだろうなと今は考えています。現在私のやりたいこと、それはCanDoにあるように感じます。それに挑戦できればと考えています。