1998年のケニアの概況
「エル・ニーニョ」による豪雨、そして米大使館爆破事件の影響は大(1999年2月・会報第6号より)

政治
1997年12月末の総選挙で現職のモイ大統領が再選された。1978年以来20年にわたる長期政権が、あと5年延長することになった。選挙に引き続き、副大統領が任命されるはずだったが、結局大統領の政治的判断で、任命しないまま1年あまりが過ぎた。
今年はどのような動きがみられるのだろうか。

社会・経済
1997年暮れのエルニーニョ現象に伴う豪雨のため、ケニア各地で交通や通信のネットワークが遮断されて、経済がしばらく大混乱に陥った。
中でも、ケニアの大動脈であるモンバサ街道が途中の橋が洪水で流されたために寸断されたことの影響は大きい。首都ナイロビと港町モンバサの間の物流が麻痺して、ケニアの経済にとって大打撃となった。現在もまだ、復旧の作業が進められている。

治安
ケニアの治安は悪化の一途を辿っている。1998年8月のアメリカ大使館爆破テロ事件は、ほぼ同時刻に爆破された在タンザニア米国大使館での被害者を含めると、約270名の命が奪われ、5000名に及ぶ負傷者がでた。より日常的な事件としては、車強盗があげられる。これにより援助関係者や外交官が何人も命を落としている。そして、強盗による死傷事件も、夜間だけでなく白昼の路上でも頻発し、在留外国人だけでなく、ケニア人も治安の悪化を肌で感じている。
低迷している経済を反映しているものと思われる。

NGOをめぐる動き
ケニア政府によるNGOに対する「締め付け」がさらに強められたことも、1998年の象徴的な出来事かもしれない。
前述の爆破テロ事件にイスラム系NGOが関与していたことが判明し、いくつものイスラム系NGOが登録を抹消された。
それまでにも政府は決してNGOの存在を快く思ってはいなかったようではあるが、事件を境に、さらに態度を硬化させた。イスラム系に限らず全てのNGOの新規登録や、外国人職員に対する就労ビザの発行が制限されている。
今後もその傾向が変わるとは考えにくく、1999年もケニアで活動するNGOにとって厳しい状況が続くだろう。





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